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2008/12/25

タルコフスキーの「サクリファイス」を観る

何より驚いたのは、内容のほとんどを覚えていなかったということ。
当時、神奈川のはじっこから、有楽町(だったかな?)の映画館までわざわざ出かけて観に行ったんですよ。
それなのに、ほとんどのシーンが記憶からバッサリと消えてましたよ。
まるで、予告編だけ観ていた映画を初めて観ているよう。

(ああ、そういえば、逆光でキラキラしている川をバックに、木の根元から葉のついていない枝へとパンする映像の予告編に感動して「サクリファイス」を観に行ったことを思い出したぞ。)

それほどまでに忘れていたとは、最初に観た時、あまりの退屈さに、ちゃんと観てなかったのかというと、そんなことは全然なくて、上映の最中は最初から最後までえらく感動して、お気に入りの映画のひとつとなったんですよ。

それじゃあ、なんで全然、覚えていなかったのかと考えてみると、当時は雰囲気を楽しんでるだけで、論理的に理解してなかったんじゃないかと思うんですよ。

キリスト教、画面構成、メタファー、関連付け、タルコフスキーの他の作品などなど、知識と理解力が足りなかったんだろうなあ。

僕の場合、ここ最近のハリウッド映画を観てると、「あの映画とあの映画を足して2で割ったストーリーだな」とか「このフリの後はこのオチだろ」とか、「また、必要の無いカーチェイスだ」とか、これまでたくさんの映画を観てきたせいで映画が楽しめないというパラドックスを感じることばかりなんですけど、タルコフスキー作品のような名画になると、それとは逆になって、見る側が見れば見るほど、それに応じた世界を見せるという奥行きがあるということなのかな。
というよりも、これはそのまま名画の定義なのかもしれないな、などと考えてみたりしたのでした。
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