2008/11/30
2008/11/29
フェルメール展には行ったけど
えらい混んでるようなので、行こうか、止めとこうかと逡巡していた
フェルメール展なんですが、
金曜の夜は比較的すいているということで、行ってはみましたよ。
で、どうだったかと言いますと。
人込みが苦手なワタクシとしましては、かなりつらい状況でしたねえ。
「これじゃあ、部屋で図録を見てたほうがずっとイイな」
「自分は美術館という空間には向いてないな」
などと、展示室の隅にある椅子に腰掛け、後悔することしきりなのでした。
それでも、密集するオバハン、オッサンの隙間から、
ちらりと見えるフェルメールのまったりとしたテクスチャーに感嘆してみたりもしましたが、
次の瞬間には、がさつなおしゃべりにゲンナリとしていたのでした。
今日ばかりはノイズ・キャンセリング・ヘッドホンが欲しくなりましたよ。
まあ、愚痴ばっかりではなんなんで、肝心な絵のほうの感想も少しは書いてみますと、
この時代は、どの画家も構図が図形としてきっちり計算されてるんですねえ。
文章だと伝わりにくいんですけど、三箇所のオレンジ色を結ぶと二等辺三角形になるとか、
同じ斜めの角度がリズミカルに描かれているとか、そういったことが盛りだくさん。
あと、フェルメールは他の画家と違って、コントラストの使い分けが巧みでしたねえ。
ひとつの画面に、ぼんやりとしたコントラストと、くっきりとしたコントラストが
共存しているんで、そこから緊張と緩和が生まれてるんですねえ。
それはそうと、ヴィルヘルム・ハンマースホイ展が12月7日までなんですよねえ。
これもまた混んでるんだろうなあ、どうしようかなあ。
2008/11/26
2008/11/25
夢を見た
夢といえば、僕は、いろんなパターンの夢を見ます。
カラーで、音があって、音楽まで流れているという豪華で情報量の多いものがあれば、
文字だけという、えらくストイックなのを見ることもあります。
昨日、見た夢は、これまでに無い新しいパターンでした。
メッセージが声でもなく、文字でもなく、まるでテレパシーのように伝わってくるというものでした。
その内容はというと、
今のおまえは、写真(アート)の結果ばかりを気にかけている。
どんな写真が出来上がるか?
どうして評価されないのか?
これは大きな間違いである。
よく聞け、写真(アート)とはドリフのコントである。
ここにおいては、結末は全く重要ではなく、結末に到るまでのナンセンスなギャグが重要なのだ。
「ディス・イズ・ア・ペン」
「ちょっとだけよ、あんたも好きね~」
「カラスの勝手でしょ~」
「志村、後ろ、後ろ!」
これからは完成後の結果については何も考えるな、結果には何の価値もない。
製作途中の過程こそが宝であり、全てなのである。
これは啓示か?
いつも読んでるニューエージの本で頭がおかしくなったか?
ちょっと精神的に疲れているのは確かです。
2008/11/20
練馬区立美術館にて、石田徹也「僕達の自画像」を見る
石田徹也の作品は何度もこれまでに見てるんで、またあえて行かなくてもいいかな、
などと思ってたんですけど、ここのところ精神状態が落ち込んでるんで、
(まあ、僕の場合、たいてい落ち込んでますが)
落ち込んでるときに、さらに落ち込むような作品を見るのもいいかな、
などとつらつら考え、出かけました。
美術館までチャリンコで行ったんですけど、途中、
「厚労省次官OBへの連続テロ事件」現場の辺りを通るんで、
職質とか受けたらヤだな、と危惧してたんですけど、そんなこともなく、無事到着。
何年か前に、初めて石田徹也の作品を見たときに印象深かったことが2つあって、
ひとつは、作品がデカイということ。
予想してたよりも4倍くらいデカかったんです。
これがもし小さな作品だったら、自らの心の傷を、絵画制作で癒して、
という分かりやすい話になるんですけど、あのデカさとなると、「絵を描いたるでっ、うおー」
というパワーも大きかったんだろうな、ということで、これは純粋に絵を描くことが好きで、
制作意欲が大きかったのかな、などと思う反面、
もうひとつ印象深かったことは、薄い塗りを重ねてるなー、ということなんです。
僕は絵を描かないんで実際のところ、よく分かりませんけど、
これはアクリル絵具だからこういうものなんですかね。
でも、古びた機関車とか飛行機とか重い鉄のテクスチャーなんかは、
こってりと塗るのが気持ちイイんじゃないかな、と思ったりするんですよ。
もしかしたら、そういう快楽方向に行かなかったことが、彼の死を早めたのかな。
などと考えてみたりするんです。
ちなみに、今回の展示は、ほぼ年代順になってたんですけど、最後のほうは小さめの作品が増え、
それから塗りの重ねが減ってるような気がするんです。
そのかわり、一回の塗りに少し厚みがでてきているようなんですけど、
だからといって、こってりと塗るのが気持ちイイぜ、という印象は受けません。
そして、展示が終わります。
大きなキャンバスに薄く重ねるのに疲れてしまったのかもしれません。
まあ、全てが僕の勝手な思い込みです。
以前、僕は、彼が亡くなった町に住んでいまして、今回の展示を観たら、あの郊外の、
建売り住宅ばかりで何も無くて、殺伐としている感じを思い出して、
精神状態が相当悪くなるんじゃないかと予想してたんですけど、そんなことは全然なくて、
むしろ喜びのようなものを感じました。
2008/11/17
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